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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1759号 判決

一審原告・控訴人兼被控訴人 甲野太郎(仮名)

一審被告・被控訴人兼控訴人 国 ほか2名

代理人 野本昌城 野下えみ 松本真 曳地文夫

主文

一  原判決を次のように変更する。

1  被告国は、原告に対し、金一二万円及びうち金一〇万円に対する平成六年九月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告国に対するその余の請求並びに被告東京都及び同北海道に対する各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを一〇分し、その一を被告国の、その余を原告の各負担とする。

三  この判決の一項の1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  各控訴人の控訴の趣旨

1  原告の控訴の趣旨

原判決を次のように変更する。

被告らは、原告に対し、連帯して、金三七二万円及びうち金三〇〇万円に対する被告国及び同東京都においてはいずれも平成六年九月二九日から、被告北海道においては平成八年五月八日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  被告らの控訴の趣旨

(一) 原判決中被告ら各敗訴の部分をいずれも取り消す。

(二) 原告の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

二  原告の被告らに対する本訴訟請求の趣旨

右原告の控訴の趣旨において原告が求める変更後の判決内容と同旨

第二本件事案の概要

一  本件事案の概要と当事者の主張

本件は、東京都○○市所在の○○法律事務所に勤務する弁護士である原告が、国の公務員である検察官並びに東京都及び北海道の公務員である警察官の違法な行為によって、そのプライバシー等を侵害されたとして、被告らに対して国家賠償を求めている事件である。

すなわち、本件において、原告は、被疑者Eらに係る傷害事件(本件傷害事件)について弁護人となることを委任されていたところ、北海道警察及び警視庁に所属する警察官であって東京地方検察庁において捜査実務の研修中に本件傷害事件の捜査に当たった警察官が、東京地方検察庁の検察官の指導の下に、平成二年一月三〇日ころ、原告が○○会に所属しており○○党の党員として把握されているものであるとする内容(本件記載事項)の記載のある捜査報告書(本件捜査報告書)を作成して検察官に提出し、平成二年七月二〇日、東京区検察庁の検察官がこれを本件傷害事件に関する略式命令請求の際の証拠資料として裁判所に提出したことにより、これが右の略式命令の確定後は刑事確定訴訟記録の一部として東京地方検察庁において保管され、一般人の知り得る状態に置かれるに至ったが、右の検察官及び警察官の行為は、原告のプライバシーの権利等を侵害する不法行為に当たるとして、被告らに対して国家賠償を求めているのである。

原告の本訴請求の前提となる当事者間に争いのない事実等及び各当事者の主張は、次項のとおり各当事者の当審における主張を補足するほかは、原判決がその「事実」欄の「第二 事案の概要」及び「第三 当事者の主張」の各項において摘示するとおり(ただし、原判決三一頁一一行目に「違反したか否かを判断すべきであって、」とあるのを「違反したか否かを基準として判断すべきであって、」に、同五八頁六行目に「Aに対し、」とあるのを「C検事に対し、」にそれぞれ改める。)であるから、右の各記載を引用する。

二  各当事者の補足主張

1  原告の主張

(一) 警察による情報収集活動とプライバシーの侵害について

平成一一年九月の神奈川県警の不祥事を始めとして、全国的に警察の腐敗に関する事件が頻発しており、その中には、警察が不正、不法な目的あるいは手段によって情報を入手したり、捜査関係の情報を不正、違法に利用したという例も少なくないが、本件も、このようなゆがんだ警察の構造、体質から噴出したプライバシー侵害事件というべき事件である。

本件においてBからAに伝えられた原告に関する情報は、単にBの個人的知見に基づくものとは到底考えられず、むしろ、本件においては、警察による○○党や法律家団体に対する組織的、系統的な情報収集活動の一環として、検察官の指示の下に、弁護士である原告に対する思想調査が行われ、警察の情報活動によって収集されていた原告の思想、信条に関する秘密情報が本件捜査報告書に記載されるに至ったものであることは明らかなものというべきである。

(二) 本件における慰謝料額の算定について

本件における検察官及び警察官による原告のプライバシーの侵害行為は、原告の思想、信条に関わる重大なプライバシーの侵害行為であること、弁護士である原告の刑事弁護活動に対する重大な侵害行為であること、警察、検察権力による組織的、系統的な権利侵害行為であることなどからして、これに対する慰謝料の金額としては、原告の請求額である三〇〇万円という金額がそのまま認容されるべきである。

2  被告らの主張

(一) 本件におけるAの行為の適法性について

本件においては、Aは、C検事の指示により、本件傷害事件の捜査を後任の検察官に引き継ぐための手控え的な内部連絡文書として本件捜査報告書を作成したものであり、これが裁判の証拠書類として裁判所に提出されるといったことは予想もしていなかったのである。Aとしてみれば、本件傷害事件の捜査に関して自身の行った捜査の結果を後任者に正確に引き継ぐという意図から本件捜査報告書を作成したのであり、その作成の手段、方法としても、研修の同期生であるBから公刊物に掲載された原告の経歴等をメモ書きしたものの交付を受け、その際、Bから告げられた個人的な見解の内容をこれに付け加えて報告書に記載したというにすぎず、他の機関に照会したり、聞き込みを行ったりするなどの第三者に覚知される可能性のあるような方法は一切採っていないのである。

そもそも犯罪の捜査に当たっては、広く被疑事件の処理に関連する事項については積極的に情報収集活動を行い、このようにして収集された膨大な情報の中から真相解明のための手掛りを獲得していく必要があるのであり、時として個人のプライバシーに関わる事項にも踏み込まざるを得ない場合があることはいうまでもないところである。仮に、Aの作成した本件捜査報告書の記載内容が原告のプライバシーに関わりを有する事項であったとしても、本件捜査報告書の作成行為自体は、本件傷害事件について捜査を尽くして適切な処分をし、場合によっては起訴後の公判段階における訴訟活動の円滑な追行にも資するという目的から、捜査活動の一環として行われたものであり、その必要性、合理性、手段としての相当性が十分に認められるものというべきであって、これが違法とされる余地はないものというべきである。

(二) 本件におけるAの行為と原告のプライバシーの侵害について

仮に、Aの作成した本件捜査報告書の記載内容が原告のプライバシーに関わりを有する事項であったとしても、Aが本件捜査報告書に本件記載事項を記載して、これを検察官に提出しただけでは、それによって原告のプライバシーが侵害されることとなるものではない。なぜなら、これによって本件捜査報告書に記載された本件記載事項を目にする者は、担当検察官を初めとする捜査関係者等に限られている上、それらの者には守秘義務が課されているからである。したがって、本件捜査報告書が公開されて初めて、原告に対するプライバシーの侵害が問題となるものであることはいうまでもないところである。

本件においては、Aは、後任者への引継ぎのために本件捜査報告書を作成してこれを検察官に提出したのであり、これを証拠として裁判所に提出するか否かについては、検察官の判断を経なければならず、A自身がその公表、公開について独自の判断をするといったことはおよそあり得ないのである。しかも、本件捜査報告書については、その末尾に添付された資料に乱雑なメモ書き部分がそのまま残されていることなどからしても、これが裁判所に証拠として提出されるということを、A自身は予想もしていなかったことは明らかなものというべきである。むしろ、本件捜査報告書の記載内容のほとんどがAの主観の入った伝聞供述であることからしても、裁判に提出する証拠の取捨選択の過程で担当検察官がこれに目を通していさえすれば、これが本件傷害事件に関する略式命令請求の際の証拠資料として裁判所に提出され、後に公表されるという事態になることはあり得なかったものというべきである。

さらに、このような捜査報告書が公判あるいは略式命令請求に際して証拠として提出され、後にこれが刑事確定記録の一部を構成することとなった場合においても、刑事確定訴訟記録法四条二項五号の規定によれば、訴訟記録の保管検察官が、訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があると認められる者以外の者からの閲覧請求に対し、保管記録を閲覧させることが関係人の名誉等を著しく害することとなるおそれがあると認めるときには、保管記録を閲覧させないものとすることとされており、プライバシーの侵害を理由とする閲覧を制限できるだけの制度的保障が存しているのである。このような事情に加えて、本件記載事項のうち原告の所属団体等に関する事実については、原告自らが積極的にその団体所属関係等を明らかにしている事実が存在することをも総合考慮すれば、本件において原告に対して違法なプライバシーの侵害があったとすることは到底できないものというべきである。

(三) 本件におけるD副検事の行為の適法性について

本件捜査報告書が略式命令の請求に際して裁判所に提出されても、裁判所の裁判官、書記官等は、あくまで国法上の機関としての立場で、刑事訴訟の目的を実現するため、その職務として本件捜査報告書を目にするのである。したがって、裁判官等に対するこの種の情報の開示は、一般の人々に対する情報の開示と同視されるべきものではなく、これらの裁判官等が原告がその団体所属関係等を知られることを欲しないような一定の特定人に該当する余地はなく、そうすると、D副検事が略式命令の請求に際して本件捜査報告書を裁判所に提出したことをもって、原告の人格的利益を侵害する開示行為とすることはできないものというべきである。

また、刑事事件が確定すると、当該訴訟記録は刑事確定訴訟記録として保管され、不特定又は多数の第三者の閲覧に供されることとなる。しかし、刑事確定訴訟記録中の私生活上の事実や情報が第三者の閲覧に供される場合についても、刑事確定訴訟記録法は、そのことによって関係者のプライバシー等が侵害されることのないような手当てをし、かつ、著しいプライバシーの侵害のおそれがあると認められるときには、訴訟関係者等以外の者の閲覧を禁止するものとしているのである。このことからすると、同法は、その限度において、関係者のいわゆるプライバシー等の保護と刑事裁判の公正の担保との調和を立法的に解決したものというべきであり、刑事確定訴訟記録中の関係者の私的な事柄が第三者の閲覧に供されることについては、当該関係者は、公共の福祉からくる制約の結果として、これを受忍すべきものといわなければならない。したがって、本件捜査報告書が刑事確定訴訟記録の一部として不特定又は多数の第三者の閲覧に供されることとなり得るものとしても、これによって、D副検事が略式命令の請求に際して本件捜査報告書を裁判所に提出したことが、原告の人格的利益を侵害する開示行為になるものとすることはできないものというべきである。

さらに、そもそも、検察官は、略式命令の請求をするときは、同時に、犯罪事実の立証に要する証拠や量刑の判断に資する証拠に加えて、略式命令をすることが相当であることを立証する証拠をも裁判所に提出しなければならないものとされているところである。本件傷害事件について、Eは、結局黙秘から自白に転じているのであるが、本件捜査報告書によれば、Eはその間一貫して○○党員である原告の弁護の下にあったのであり、このことは、Eの右の自白にはその任意性、信用性のいずれについても疑問を差し挟む余地がないことを基礎付けるものということができるのであり、このような意味で、本件捜査報告書は、Eについて略式命令をすることが相当であることを立証する証拠に該当するものと考えられるのである。したがって、この点からしても、D副検事が略式命令の請求に際して本件捜査報告書を裁判所に提出したことが国家賠償法上違法とされる余地はないものというべきである。

(四) 被告東京都の国家賠償責任について

国家賠償法による賠償責任は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて他人に不法行為を行った場合に、当該国又は公共団体について生ずるものであるから、本件においてAが併任によって警視庁警部の地位にあったとしても、本件捜査報告書の作成が被告東京都の職務を行うについてされたもの(すなわち、被告東京都の公権力の行使としてされたもの)でなければ、被告東京都に賠償責任が発生することはないものというべきである。

ところで、本件におけるAによる本件捜査報告書の作成行為は、検察官が行う犯罪捜査の補助として行われたものであって、その職務行為は国の公権力の行使として行われたものであり、しかも、Aは警視庁警部に併任されているとはいえ、それは警視庁の管轄区域内で東京地方検察庁の検察官の指揮によりその手足として職権を行使する場合があることから行われたものにすぎず、したがって、本件において、被告東京都は、Aを管理する立場にはなく、同警部に対する職務命令権者ともなり得ないのである。そうすると、本件におけるAによる本件捜査報告書の作成行為は、被告東京都の職務行為とはなり得ないものであり、したがって、その行為によって被告東京都に損害賠償責任が発生する余地もないものというべきである。

(五) 被告北海道の国家賠償責任について

本件において、Aは、国の機関である警察庁の特別捜査幹部研修所に入所中、東京地方検察庁での実務研修の便宜のため警視庁警部に併任発令された上、同検察庁に派遣され、検察官の行う事件処理の補助者として本件傷害事件の捜査を行い、その過程で本件捜査報告書を作成したのである。そうすると、Aの本件捜査報告書の作成行為は、警視庁警部の立場で行われたものではなく、司法警察職員としての独立の捜査機関たる地位を一時的に失い、国の検察官の補助者となった立場で、国の公権力の行使に属する事務処理として行われたものというべきである。

したがって、Aは、東京都の警察の責務の範囲に属する捜査を行ったものではないから、このような行為について東京都が国家賠償の責に任ずることはあり得ず、また、この場合、被告北海道も、東京都との関係で費用負担者として国家賠償の責に任ずることもあり得ないものというべきである。

第三当裁判所の判断

一  本件捜査報告書が作成される経緯等について

Aによって本件捜査報告書が作成され、これがC検事に提出されたこと、また、本件捜査報告書がEらに対する略式命令請求事件の証拠書類として裁判所に提出されることとなり、その後、本件傷害事件に関する確定記録の中に保管されていた本件捜査報告書が、東京地方裁判所民事第五部からの送付嘱託を承けて同裁判所に送付されるに至ったこと等に関する事実経過は、原判決がその「事実」欄の「第四 争点に対する判断」の二の1の項(原判決六九頁九行目から同七八頁末行まで)において認定、説示するとおりである。

また、原告は、AがC検事の指示を受けて原告に対する調査を行ったものであり、その調査の目的が、本件傷害事件に関するAの取調べに対して黙秘しているEの態度を翻えさせて、Eから自白を得ることにあったものと主張するが、この原告の主張するような事実を認めるに足りる証拠がないことは、原判決がその「事実」欄の「第四 争点に対する判断」の二の2の(一)及び(二)の各項(原判決七九頁一行目から同八二頁四行目まで)において認定、説示するとおりである。

さらに、原告は、Aの原告に関する調査については、Bが個人的な経験から認識していた事柄をAに伝えたにとどまらず、警視庁訟務課あるいは情報管理部門の関係者が情報の提供に関与しており、ひいては、警察による○○党や法律家団体に対する組織的、系統的な情報収集活動の一環として、検察官の指示の下に、弁護士である原告に対する思想調査が行われたものであり、警察の情報活動によって収集されていた原告の思想、信条に関する秘密情報が本件捜査報告書に記載されるに至ったものであるなどと主張する。しかし、この点に関する原告の主張は、具体的な証拠に基づかない一種の憶測ともいうべきものであって、この点に関する原告の主張事実を認めるに足りる証拠が何ら存しないことは、原判決がその「事実」欄の「第四 争点に対する判断」の二の2の(三)の項(原判決八二頁五行目から同八三頁一行目まで)において認定、説示するとおりである。

二  A等の行為の違法性の有無について

Aによる本件捜査報告書の作成行為が、本件傷害事件の捜査の過程で、後任の捜査担当者に対する引継ぎのための資料を作成することを主目的として行われたものであり、そのための調査等の方法としては、研修の同期生であるBから公刊物に登載された原告の経歴等をメモ書きしたものとBの個人的な体験から得た知識の提供を受けるという方法が採られたにすぎないものであることは、前記引用に係る原判決の認定、説示にあるとおりである。

そもそも犯罪の捜査に当たっては、被告らの主張にもあるとおり、広く当該被疑事件に関係すると考えられる事項や公訴提起後の公判活動をも視野に入れた当該事件の処理にとって参考となると考えられる事項について、積極的に情報の収集が行われ、その過程で、時として関係者のプライバシーに関わるような事項についても調査が行われ、その調査結果が捜査報告書等の資料にまとめられるという事態があり得ることは、当然のことと考えられるのであり、いわゆる任意捜査の方法で行われるその際の調査等が、調査対象者の私生活の平穏を始めとする権利、利益を違法、不当に侵害するような方法で行われるのでない限り、このような捜査活動自体がその調査等の対象者に対する関係で直ちに違法とされるものでないことは、いうまでもないところというべきである。

もっとも、このような調査等によって得られた対象者のプライバシーに関わるような情報が、その必要もないのにみだりに公にされるという事態が生じた場合には、これが違法なプライバシーの侵害行為と評価されることがあり得ることは当然のことというべきである。しかし、本来的に密行性を有する手続である刑事事件の捜査手続において行われる右のような事項に関する調査等の結果については、公務員たる捜査関係者には守秘義務が課されていることなどからしても、それが公にされるという事態は、それが裁判手続に証拠として提供されるという場合を除いては原則として考えられないのであり、しかも、当該調査結果等を裁判の証拠として提出するか否かは、当該事件の公判等を担当する検察官が、公訴の維持という公益上の観点からするその提出の必要性とこれを証拠として提出することが関係者のプライバシーにもたらすこととなる影響等を慎重に対比、検討した上で決定すべきこととされているのであるから、公益上の必要もないのに、みだりにその内容が裁判の証拠として提出され、それが公にされるという事態は、原則的に生じないような制度が確保されているものと考えられるところである。したがって、捜査担当者が、関係者のプライバシーに関するような事項について調査を行い、その調査結果を捜査報告書等の書面に作成するという行為自体は、本件におけるように、それがおよそ調査対象者の私生活の平穏を始めとする権利、利益を違法、不当に侵害するといったおそれのない方法によって行われるものである限り、それが調査対象者のプライバシーを違法、不当に侵害するものとして、直ちにその職務上の義務に違反する違法な行為とされるということも、原則としてあり得ないところというべきである。

なお、本件にあっては、Eらによる本件傷害事件に関する捜査として、原告のプライバシーにも関わるようなその所属団体等に関する事項について、どのような理由から調査を行う必要があったのかは、被告らの主張からしても必ずしも明らかではないものとも考えられるところである。しかし、仮にこの点に関する調査が本件傷害事件に対する捜査方法としては本来その必要性の認められないものであったとしても、このことによって、前記のような手段、方法によって行われたにとどまる右の調査行為が、その調査対象者である原告のプライバシーを違法、不当に侵害するものとして、直ちにAらの職務上の義務に違反する違法な行為とされるものでないことも、明らかなものというべきである。

そうすると、Aによる本件捜査報告書の作成行為自体を、原告のプライバシーを違法、不当に侵害する違法な行為に該当するものとすることができないことは明らかなものというべきであり、この点に関するAやB、さらにはC検事らの行為自体を違法なものとする原告の主張は、失当なものという以外ない。

また、本件におけるA等による原告の所属団体関係等に関する調査は、確かに、前記引用に係る原判決の認定にもあるとおり、本件傷害事件の被疑者であったEの黙秘権の行使を契機として行われたものであることが認められるものの、これがEに対して自供を促す目的で行われたものとまで認められないことは、右の原判決の認定、説示にあるとおりであるから、本件捜査報告書の作成行為等が原告の弁護権を侵害するものとして違法とされるべきであるとする原告の主張も理由がないものというべきであり、さらに、右認定に係る事実関係等からして、A等の行為が原告の思想、良心等の内心の自由を侵害したものということができないことも明らかなものというべきである。

したがって、A等のこれらの行為が違法であることを前提とする原告の被告東京都及び同北海道に対する各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないこととなる。

三  D副検事の行為の違法性の有無について

本件傷害事件の一件捜査記録に編綴されていた本件捜査報告書が、その後D副検事によってEらに対する略式命令請求事件の証拠書類として裁判所に提出されることとなり、その結果、本件傷害事件に関する確定記録の中に保管されて一般の閲覧に供されることとなった本件捜査報告書が、さらにその後、東京地方裁判所民事第五部からの送付嘱託を受けて同裁判所に送付されるに至ったことは、前記引用に係る原判決の認定、説示にあるとおりである。したがって、本件においては、このD副検事の本件捜査報告書の裁判所への提出行為が、原告のプライバシーを違法に侵害する不法行為に該当するか否かが問題とされることとなるものというべきである。

本件において、原告が○○会に所属しているか否か、あるいは、原告が○○党の党員であるか否かということは、本来的に原告の私事に属する事項というべきであり、原告がこれを他に知られたくないと考えることも、一般人の考え方として不合理なものとはいえず、また、これらの点に関する事実が既に一般人の知るところとなっていたり、これらの事実について原告がプライバシーを放棄するに至っていたものとまでは認められず、したがって、本件記載事項に指摘された事実は、原告にとって、法的に保護された利益としてのプライバシーに属するものと考えられることは、原判決がその「事実」欄の「第四 争点に対する判断」の二の3の(二)の項(原判決八五頁四行目から同九三頁一一行目まで)において認定、説示するとおりである。

このような原告のプライバシーに属する本件記載事項をその内容に含む本件捜査報告書を裁判のための証拠資料として提出するに当たっては、このようにして提出された書類が、事件の終結後は訴訟記録として原則として何人においてもこれを閲覧することができるものとなることからして、本件傷害事件に関する公訴の維持、適正な裁判の実現のためにその提出が必要とされるという公益上の必要が要求されるものというべきである。ところが、D副検事は、本件傷害事件についてEらを傷害罪で起訴するに当たって、略式命令を請求する際の証拠資料として本件捜査報告書を裁判所に提出したものであることは前記のとおりである。しかしながら、Eらが、本件傷害事件に関する犯罪事実を認め、略式手続によって罰金刑を課されることにも異議のない旨を申述していたこととなる右の手続において、前記のような内容からなる本件捜査報告書をその裁判のための証拠資料として裁判所に提出するまでの必要は、特段の事情のない限り、通常は認められないものというべきであり、本件において、そのような特段の事情があったものとすることも困難なものというべきである。もっとも、この点について、被告らは、本件捜査報告書が、Eの自白の任意性や信用性を裏付ける資料として、同人について略式命令をすることが相当であることを立証する証拠に該当するから、これを裁判所に提出する必要があったものと主張する。しかし、右の略式命令が請求された時点において、Eの捜査官に対する自白の任意性や信用性について特段の疑義等を抱かせるような節があったこともうかがえない本件において、Eの弁護を担当していた原告の所属団体等に関する事項であって、右のEの自白の任意性等と直接関係するものとはいえないような事項を内容とする本件捜査報告書が、右のような意味で裁判所に提出することを必要とする資料に該当するものであったとする被告らの主張は、当を得ないものという以外にない。

そうすると、公訴の維持のために検察官がどのような証拠資料を裁判所に提出するかについては、当該検察官に広い裁量が認められるべきであることを考慮しても、なお、本件においてD副検事が本件捜査報告書を裁判所に証拠資料として提出したことについては、軽率であったとのそしりを免れないものというべきであり、その結果、前記のとおり、本件捜査報告書が何人においてもこれを閲覧できるという状態に置かれることとなり、原告のプライバシーが侵害されるという結果が生じた以上、D副検事の右の行為は、職務上の義務に違背した違法行為とされることとなるものというべきである。

したがって、被告国は、その主張する刑事確定訴訟記録を第三者の閲覧に供すべきものとしている法の趣旨等の論点について判断するまでもなく、右のD副検事の違法行為を理由とする国家賠償責任を免れないものというべきこととなる。

四  被告国の消滅時効の主張について

本件において、原告が本件記載事項の記載された本件捜査報告書の存在を知ったのが平成三年三月一五日ころになってからであるとする原告本人の供述について、その信用性を覆すに足りるだけの資料等はなく、したがって、原告が右の平成三年三月一五日から三年以内に被告国に対する催告を行った上、その後六か月以内の平成六年九月五日に被告国に対する本件訴えを提起している以上、原告の被告国に対する損害賠償請求権が時効によって消滅するに至っているものとすることができないことは、原判決がその「事実」欄の「第四 争点に対する判断の一の項(原判決六四頁一一行目から同六九頁七行目まで。ただし、被告国に関する認定、説示部分に限る。)において認定、説示するとおりである。

したがって、被告国の消滅時効の主張は理由がない。

五  原告の損害について

右に認定、説示したような本件に関する事実関係に加えて、そこに記載されている原告の所属団体等に関する事項が、それ自体で直ちに社会的に不名誉な事項等と目されるような類のものではないという本件記載事項の内容、性質等、さらにはまた、本件捜査報告書が本件傷害事件の刑事確定訴訟記録の一内容を構成する書類として閲覧に供されることとなるにとどまるものであることからして、本件記載事項の内容を知り得ることとなる者の範囲も自ずから限定されたものとなることなどの諸事情をも勘案すると、本件において原告のプライバシーが侵害されたことによって原告が被った精神的損害に対する慰謝料の額としては、一〇万円をもって相当とすべきであり、また、原告の本訴の提起及び追行のために必要な弁護士費用に相当する損害としては、二万円を認めるのが相当なものというべきである。

第四結論

よって、以上の判断に従って原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 涌井紀夫 合田かつ子 宇田川基)

〔参考〕第1審(東京地裁平成6年(ワ)第2029号 損害賠償請求事件(以下「第一事件」という。)、平成8年(ワ)第815号 損害賠償請求事件(以下「第二事件」という。)平成12年2月24日判決)

主文

一 第一事件被告国、同東京都及び第二事件被告北海道は、第一事件・第二事件原告に対し、各自、金三五万円及び内金三〇万円に対する第一事件被告国及び同東京都につき平成六年九月二九日から、第二事件被告北海道につき平成八年五月八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 第一事件・第二事件原告の第一事件被告国、同東京都及び第二事件被告北海道に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を第一事件被告国、同東京都及び第二事件被告北海道の負担とし、その余を第一事件・第二事件原告の負担とする。

四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求

第一事件被告国、同東京都及び第二事件被告北海道は、第一事件・第二事件原告に対し、各自、金三七二万円及び内金三〇〇万円に対する第一事件被告国及び同東京都は平成六年九月二九日から、第二事件被告北海道は平成八年五月八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

争いのない事実等(但し、事実の末尾に証拠等を記載したものは、その証拠等により容易に認められる事実である。また、以下において、第一事件・第二事件原告を「原告」、第一事件被告国を「被告国」、第一事件被告東京都を「被告東京都」、第二事件被告北海道を「被告北海道」と略称する。)

一 当事者等(肩書等は、いずれも平成二年一月当時。)

1 東京地方検察庁及び東京区検察庁は、被告国の機関であり、警視庁は、地方公共団体である被告東京都の機関であり、北海道警察は、地方公共団体である被告北海道の機関である。

2 訴外Aは、北海道警察に所属する警察官(警部)であり、平成元年一一月七日から平成二年二月六日までの間、後述の実務研修のため警視庁警部に併任されていた。訴外Bは、警視庁所属の警察官(警視)である。

AとBは、平成元年一〇月三日から平成二年三月一六日まで、東京都中野区所在の警察大学校特別捜査幹部研修所へ入所し、平成二年一月一七日から同年二月六日まで、東京地方検察庁で研修を受けた(〈証拠略〉)。

3 訴外Fは、東京地方検察庁刑事部副部長(以下「F検事」という。)、訴外Cは、同庁の検察官である(以下「C検事」という。)。

C検事は、平成二年一月ころ、東京地方検察庁におけるAらに対する研修の指導を担当していた。

4 訴外Dは、東京区検察庁副検事(以下「D副検事」という。)であり、訴外E外二名(以下「Eら」という。)が共謀して平成元年四月二五日に起こした傷害事件(以下「本件傷害事件」という。)の捜査を担当していた。

5 原告は、東京弁護士会に所属し、東京都○○市所在の○○法律事務所に勤務している弁護士であり、平成元年八月ころ、本件傷害事件に関し、Eらから、被害者との示談交渉の代理人及び被疑者の弁護人となることを委任された(〈証拠略〉)。

二 Aは、東京地方検察庁における捜査実務の研修期間中、本件傷害事件の配点を受け、被疑者の取調べを行ない、平成二年一月三〇日、F検事宛の捜査報告書(以下「本件捜査報告書」という。)を作成し、本件捜査報告書に、原告に関する以下の記載を行った(以下「本件記載事項」という。)。

「(五)甲野弁護士に対する調査結果

甲野太郎

昭和○○年○月○日生

昭和○○年 ○○大法卒

昭和○○年 司法試験合格

昭和○○年 ○○期修習終了

○○法律事務所所属

なお警視庁訟務課等で調査結果、右事務所は○○系であり、同弁護士も○○所属でかつ党員として把握されているものである。」

三 Aは、平成二年二月一日、再度Eに対する取調べをしたところ、Eは、今度は、黙秘することなく事実関係について認める供述をしたため、Aは、同人の調書を作成した(〈証拠略〉)。

四 C検事は、平成二年二月六日ころ、本件捜査報告書を含む一件記録をAから受領した(〈証拠略〉)。

五 D副検事は、平成二年七月二〇日、Eらを傷害罪により東京簡易裁判所に起訴し、同人らは、略式手続により罰金刑の言渡しを受けた。

六 原告は、Eらが本件傷害事件の被害者から提起された損害賠償請求事件(以下「別件民事事件」という。)において、訴訟追行を受任し、平成三年三月四日ころ、証拠収集活動の一環として、本件傷害事件に関する刑事確定記録の謄写申請をし、同月七日ころ、本件捜査報告書を含む謄写記録を受領した(〈証拠略〉)。

七 訴外株式会社法律新聞社は「全国弁護士大観」を発行しており、昭和六二年五月二五日付全訂新版には、原告について、「甲野太郎 昭和○○年○月○○日生 ○○法律事務所 ○○年弁護士登録 ○○年○○大学法学部卒 ○○年司法試験合格 ○○年司法修習終了 (○○期)」の経歴等が記載されている(〈証拠略〉)。

第三当事者の主張

一 原告の主張

1 被告らの行為

(一) Aは、Eが原告の説明を受けて黙秘権を行使したことから、弁護人と被疑者との信頼関係を破壊して黙秘を解除して自供させるため、平成二年一月三〇日ころ、原告の所属団体及び所属政党など原告の思想に関する事柄について、自らないしはBを通じて警視庁訟務課等で調査した。そして、Aは、将来公判廷へ証拠として提出されることを認識しながら、本件記載事項を含む本件捜査報告書を作成し、同日ころ、これをC検事に提出し、右調査結果を報告した。この行為は、弁護人である原告とEとの信頼関係を破壊し、Eの黙秘を解除して自供させることを目的としたもので違法である。

(二) 警視庁訟務課及び情報管理部門の氏名不詳の警察官は、平成二年一月三〇日ころ、Aが自らないしBを通じて行った調査に応じ、原告について、「右事務所(○○法律事務所)は○○系であり、同弁護士も○○所属でかつ党員として把握されているものである。」との情報をAに直接ないしはBを通じて提供した。

(三) C検事は、Aに対し、本件捜査報告書の作成を指示し、その提出を受けて報告を受け、一件捜査記録に編綴した。

仮にC検事がAに対し、右調査を具体的に指示したものでないとしても、C検事は、Aに対する研修の指導担当者として、研修中の警察官に対する適正な監督措置によって警察官の違法行為による被害の発生を防止すべき義務がある。ところが、C検事は、藤井警部に対して適切な指導を行わず、原告のプライバシー、思想・信条に関する事項について報告を受けた。

(四) D副検事は、平成二年七月二〇日、東京簡易裁判所に対し、Eらの傷害事件について、略式命令の請求をし、そのころ、本件捜査報告書を証拠として提出した。

本件捜査報告書は、本件刑事事件確定後、東京地方検察庁に保管され、一般人が知りうる状態に置かれるに至り、その後、別件民事事件のため謄写され、同事件を担当した原告の手に渡った。

2 被告らの責任

(一) 被告国について

東京地方検察庁及び東京区検察庁は、被告国の機関であり、前項(三)(四)記載の行為は、いずれも被告国の公権力の行使にあたる公務員の職務行為である。また、前項(一)記載のAの行為がC検事の捜査の補助者としてC検事の具体的指示に基づいて行われた場合には、被告国の公権力の行使に当たる公務員の職務行為である。

これらいずれの行為も、原告のプライバシーの権利を侵害するものであり、また、前項(一)記載のAの行為は原告の刑事弁護人としての活動を侵害するものである。

したがって、被告国は、国家賠償法一条一項により、損害賠償の責任を負う。

(二) 被告東京都について

警視庁は、地方公共団体である被告東京都の機関であり、前記1(二)記載の行為は、被告東京都の公権力の行使に当たる公務員の職務行為である。

また、同(一)記載のAの行為がC検事の具体的指示に基づいて行われたものでなく、A独自の判断によるものである場合は、調査行為は検察庁における取調べとは別の捜査行為であり、国の公権力の行使とはいえず、被告東京都の公権力の行使に当たる公務員の職務行為である。

これらいずれの行為も、原告のプライバシーの権利を侵害するものであり、また、同(一)記載のAの行為は原告の刑事弁護人として活動を侵害するものである。

したがって、被告東京都は、国家賠償法一条一項により、損害賠償の責任を負う。

(三) 被告北海道について

北海道警察は、地方公共団体である被告北海道の機関であり、Aが研修のため警視庁所属の警察官として併任されていた間も、被告北海道の警察官として、給与その他の費用を負担していた。

前項(一)記載のAの行為は、原告のプライバシーの権利及び刑事弁護人としての活動を侵害するものである。

したがって、被告北海道は、国家賠償法三条一項により、損害賠償の責任を負う。

3 被侵害利益

(一) 思想・信条の自由

憲法一九条は、思想・信条の自由を保障し、その内実として何人も公権力によって如何なる思想の持主であるかを推知されない自由を認めているところ、原告は、被告らの前記行為により、思想・信条の自由を侵害された。

(二) プライバシーの権利

憲法一三条は、幸福追求権を保障し、その内実として「他人がみだりに個人の私的事柄についての情報を取得することを許さず、また、他人が自己の知っている個人の私的事柄をみだりに第三者に公表したり、利用したりすることを許さず、もって人格的自律権ないし私生活上の平穏を維持するという利益」としてプライバシーの権利が認められている。

私的事柄として法的保護の対象とされるための要件としては、〈1〉私生活上の事実またはそれらしく受け取られるおそれのある事柄であること、〈2〉一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、〈3〉一般人に未だ知られていない事柄であることが要件であると解される。

本件の場合、〈1〉原告の所属団体及び所属政党は原告の私生活上の事実であり、〈2〉右事実は原告及び一般人の立場に立っても公表を欲しない事柄であり、〈3〉原告が○○党員であるかどうか、○○会の会員であるかどうかは一般人に知られていない事柄であるから、原告のプライバシーに属する事柄である。

プライバシーの権利は、自己に関する情報の伝播を一定限度にコントロールすることを内容とするものであることから、捜査機関がみだりに市民に関する私的事柄、特に政党所属の有無、法律家団体所属の有無について、情報を取得し、記録し、伝達することは、プライバシーの権利を侵害したことになり、不特定多数へ公表されたかどうかは要件ではない。

もっとも、本件では、本件捜査報告書が担当検事、検察事務官、裁判官、書記官、事務官らの目に触れたかあるいは容易に触れるべき状態に置かれた上、さらに、刑事確定記録として一般人の目に触れうる状態におかれたことから、公開されたということができ、原告のプライバシーの権利は一層著しく侵害された。

(三) 原告の正当な弁護活動(弁護権)の侵害

Aは、Eが黙秘権を行使し、供述に転じる見込がなかったことから、C検事と対策を協議し、黙秘を勧めた原告の思想傾向を調査することとした。Aは、Eに対して、「お前の弁護人は○○の弁護士だ」と告げて大きな心理的影響を与え、自白を獲得しようとしたもので、原告の思想傾向を調査し、弁護人と被疑者との信頼関係に影響を与え、被疑者に心理的動揺を誘い、黙秘を解除することを企図した害意に基づくものである。実際、その後、AがEを呼び出して取り調べた結果、Eは自供したのであり、黙秘から自供に転じた理由は、これ以外に考えられない。被告らの各行為は、弁護士の正当な職務行使につき、捜査機関が捜査を有利に進めるために行ったものであるが、弁護人の思想傾向、政党や法律家団体の所属の有無の調査は、刑事手続とは無関係な事柄であり、弁護士及びその業務に対する妨害として、悪質、重大な違法行為である。被告らの行為は、弁護人が公権力による思想信条調査を嫌う結果、刑事弁護を引き受ける弁護士がいなくなるおそれを生じさせるものであり、弁護人の弁護権を侵害する具体的危険を生じさせる違法な行為である。

(四) 国際人権規約B規約違反

(1) 国際連合は、昭和四一年一二月一六日、国連総会において、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(以下「A規約」という。)及び「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(以下「B規約」という。)を採択し、昭和五一年、いずれも発効した。わが国は、昭和五四年六月二一日、これらの規約を批准し、同規約は、同年九月二一日、日本国内においても効力を生じた。同規約は、自動執行力を有しており、特別な国内法の介在なしに直接国内法的効力を有するから、違反する行為は違法性を帯び、違反者は原則として損害賠償義務を負う。

(2) 同規約の解釈

条約法に関するウィーン条約(以下「ウィーン条約」という。)によれば、自由権規約についての解釈のために許される補足手段が、〈1〉自由権規約の準備作業段階の記録、〈2〉自由権規約の判断的意見を持つ規約人権委員会の出版物(ウィーン条約第三一条三項(ロ)に基づく条約上の判例法に準ずるものとして、(イ)一般的意見(ゼネラルコメント)、(ロ)コメント、(ハ)定期報告書の審査の要約(サマリー)、(ニ)見解(ビュウ)の四つの刊行物)、〈3〉同種の他の条約とその判例法の三つに限定されている。すなわち、規約人権委員会は、規約の実効性を確保するため、規約自身が設けた監督機関(同規約第二八条以下)であり準司法機関であって、同委員会の発する判断的意見は規約の解釈基準となる。

ウィーン条約は、昭和五五年一月二七日、発効したが、遡及効を持たないため、それ以前に発効した自由権規約に形式的には適用がないものの、同条約の内容は古くからの国際慣習法を規定しているという意味において、国際慣習法としてB規約にも適用されると解されている。わが国は、昭和五六年五月二九日、ウィーン条約を批准した。

(3) B規約一七条一項違反

B規約一七条一項は、「何人も、その私生活(原文は「プライバシー」である。)、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」と規定し、同条二項において、「すべての者は、一項の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。」と規定し、プライバシーの権利を保護している。ここにプライバシーの権利について、B規約一七条に関して発せられた規約人権委員会の一般的意見(ゼネラルコメント16)は、「コンピューターの上で、データバンクとか、その他の手段によって個人情報を収集し、保有することは、公共機関によるものであれ、私的な個人又は団体によるものであれ、法によって規制されなければならない。個人のプライベートな生活に関する情報は、それを受領し、処理し、使用することについて、法によって正当と認められない人々の手にその情報が届かないように保障するための有効な手段を各国はとらなければならない。かつまた、その情報は、本規約に反する目的のために、決して使用されないように保障するために、各国は有効な手段を取らなければならない。各人の私的生活をもっとも効果的に保護するためには、各個人は、どんな個人データがデータファイルに保存されているか、又どんな目的であるかということを理解できる形で確かめる権利を持たなければならない。各個人は、どのような公共機関、私的個人又は団体が、それらのデータファイルを管理したり、管理することができるのかということを確認することができるものとする。もしも、そのようなデータファイルの中に、誤りのある個人データが含まれていたり、データファイルが法の規定に反して集められていたり、処理されていた場合には、各個人な修正を求めたり、削除を求める権利を持つものとする。」とし、プライバシー権を請求権的性格を有するものとしている。また、人のもつ感情や思想はその人をその人たらしめる重要な要素であり、プライバシーで保護される。

前記ゼネラルコメント16は、「『不法な』の語は、いかなる干渉も法律で明定される場合を除き行えないことを意味する。国の認める干渉は法を基礎にしてのみ認められるが、法自身が規約の規定及び目的に従わなければならない。」として、プライバシーに関して、「法律なくして干渉なし」の原則を明らかにするとともに、干渉を許す法律も規約に従うことを求めている。

また、ゼネラルコメント16は、「恣意的」について、「『恣意的な干渉』の表現も、第一七条で定められた権利の保護に関連している。委員会の見解では、『恣意的な』干渉の表現は、法律上定められた干渉にも及びうる。恣意性の概念は、〈1〉法律で定められた干渉でさえ規約の規定及び目的と一致すべきこと、かつ、〈2〉どの様な場合でも特定の状況において合理的であるべきことを保障することを意図して導入されている」としている。

そうすると、他人の所属団体を調査し、その思想に関する情報を収集、保有、利用することは、B規約一七条一項「プライバシーの権利」に対する侵害であり違法である。

(4) B規約一八条一項違反

B規約一八条一項は、「すべての者は、思想、良心及び宗教の自由についての権利を有する。」として思想及び良心の自由を保障しているが、被告らの行為はこれに違反する。

(5) B規約一九条一項違反

同規約一九条一項は、「すべての者は干渉されることなく意見を持つ権利を有する。」として意見を持つ自由を保障しているが、原告に対する被告らの行為はこれに違反する。

4 損害

(一) 原告は、被告らの行為により、プライバシーの権利、思想・良心の自由、刑事弁護権など憲法上の基本的人権を著しく侵害され、多大な苦痛を受けた。

(二) 本件思想調査は、被疑者であるEが黙秘権を行使したことを契機として、その弁護人である原告に対して実施されたもので、弁護士及びその業務に対する妨害行為として、きわめて悪質かつ重大な違法行為である。原告の所属する東京弁護士会も、このような事態を重大視し、平成九年一一月二八日、弁護士に対する思想信条、所属団体の調査など人権侵害行為をしないよう再発防止の措置をとることを求めて、警視庁及び東京地方検察庁に対し、警告し、また、検事総長及び東京都公安委員会に対し、同様の要望をした。

(三) また、原告は、本訴提起前の平成六年三月四日、東京都公安委員会及び東京地方検察庁に対し、厳重に抗議し、慰謝料の支払いなどを求める旨の内容証明郵便をそれぞれ送付した。これに対して、被告東京都は、右通知書を開封後、封筒とともに返送し、弁護士会の警告も同様に返送した。このような原告に対する人権侵害の指摘に対して眼を向けず、まして一片の反省の態度すら見せようとしない被告東京都の態度は、本件訴訟を通じても一貫しており、より多額の損害賠償責任を負担させる必要がある。

他方、被告国は、法務省が「本月一一日付けをもって通知のあった標記の件については、請求には応じられません」と回答してきたのに対し、原告の第一事件提起につき、答弁書において、「事実関係調査中につき、追って準備書面により認否、主張をする」と弁解しており、これは、被告国が原告の前記通知書に対して、事実関係も調査せずに、「請求には応じられません」と回答したことを明らかに示すものである。このような被告国の無責任な態度は、本訴を通じて何ら改善されず、C検事も証人尋問において、本件捜査報告書を読んだかどうか記憶がないなど無責任な証言に終始したばかりか、本件捜査報告書に記載された原告についての調査結果を特段問題のある記載だとは思わないなど人権侵害行為を正当視する証言をした。この被告国側の態度は、損害賠償の責任を負担させる上で十分に考慮されなければならない。

(四) 以上のとおり、侵害権利が重大であり、それが弁護士業務という特別な法的権限を認められ、自由が確保されなければならない活動に対するものであって、社会的に与える影響が甚大であること、被告らは、右権利侵害行為に対して、無責任、無反省の態度を取りつづけていることは、損害賠償の責任を負担させる上で十分に考慮されなければならない。

(五) したがって、原告の被った精神的苦痛を慰謝するには三〇〇万円が相当である。

5 弁護士費用

本件訴訟を提起し、これを維持するために必要な弁護士費用は、日弁連報酬規定の標準額によると、七二万円である。

本件訴訟は、警察官及び検察官の行った違法行為について、被告国、同東京都及び同北海道の責任を追及するものであり、通常事件に比して多数の代理人による膨大な労力を費やさざるを得ない。

したがって、右弁護士費用は、被告らが負担する損害賠償金の一部として認容されるべきである。

6 まとめ

よって 原告は、被告らに対し、被告国及び同東京都については国家賠償法一条一項に基づき、同北海道については国家賠償法三条一項に基き、各自、金三七二万円及び内金三〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である被告国及び同東京都については平成六年九月二九日から、同北海道については平成八年五月八日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

7 消滅時効の主張に対する反論

(一) 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害及び加害者を知ったときから三年間その権利を行使しない場合に完成する(民法七二四条)。この「損害及び加害者を知ったとき」とは、知りうる状態になったときではなく、現実に本人が認識したときと解すべきである。

原告は、平成三年三月七日、本件捜査報告書を受領したが、当時多数の事件を抱えており、別件民事事件の次回口頭弁論期日は同月一九日と先であったことから、同月一五日ころ、現実に本件捜査報告書を読んで原告に関する記載を発見した。

原告は、被告東京都(東京都公安委員会宛)に対して、平成六年三月七日、被告国(東京地方検察庁宛)に対し、同月五日、各到達の書面により、三〇〇万円の損害賠償請求をし、被告東京都及び同国に対し、右いずれの請求からも六か月以内である同年九月五日、本件訴訟を提起した。時効中断制度の趣旨からして、時効中断の効力が認められるためには、権利者が権利を行使したという事実が明らかになったことで足りると解すべきであり、本件では、原告の催告書が被告側の支配領域内の東京都公安委員会及び東京地方検察庁に到達したときに権利の行使があったと認めるべきである。

したがって、被告国及び被告東京都に対する損害賠償請求権は、時効による消滅はしていない。

(二) また、原告は、本件訴訟における平成七年二月二三日の本件口頭弁論期日において、Aが被告北海道の警察官であることを初めて知ったところ、平成八年四月一四日、本訴を提起したから、原告の被告北海道に対する損害賠償請求権は、時効による消滅はしていない。

二 被告国の主張

1 国家賠償法一条一項にいう違法とは公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうと解される。すなわち、公権力の行使は、もともと国民の権利に対する侵害を当然に内包するものであって、法の定める一定の要件と手続の下において、国民の権利を侵害することが許容されているから、違法とは、公権力の主体がその行使に当たって遵守すべき行為規範ないし職務義務に違反したか否かを判断すべきであって、右義務に違反したという場合に限って、当該公権力の行使が違法となると解すべきである。本件においては、以下のとおり、義務違背を認めることはできない。

(一) Aの行為について

(1) AがEの黙秘の態度を変更して自供させるために原告の経歴等を調査し、将来の公判廷への提出のための証拠として本件捜査報告書を作成し、C検事に報告したとの事実は否認する。

Aは、本件傷害事件の配点を受け、Eを取り調べたが、黙秘されたため、C検事に対し、取調状況を報告し、取調状況を報告書にまとめるようにとの指示を受けた。Aは、取調べの際のEの供述内容や様子から、原告が供述を拒否するよう指示した可能性もあると考え、公判の訴訟活動を円滑に進めることと将来の示談の可能性を探るために原告の経歴を知っておく必要があると思料した。しかし、Aは、被告北海道の警察官であったこともあり、調査方法が分からなかったため、Bに相談した。Bは、警視庁訟務課において、「全国弁護士大観」を閲覧したところ、原告に関して、「昭和○○年○月○○日生 ○○年○○大学法学部卒業 ○○年司法試験合格 ○○年○○期司法修習終了 ○○法律事務所所属」と記載されていたので、これをメモし、警視庁訟務課で調査したものである旨告げてAにメモを交付するとともに、個人的経験から認識していたこととして、○○法律事務所は○○党系の事務所であり、原告は○○会に所属し、○○党党員である可能性がある旨を話した。

Aは、その後、本件捜査報告書を作成し、Eの取調状況とともに原告に関する事項(本件記載事項)を記載したが、あくまで内部的なメモ程度のものと認識して作成したものであり、本件傷害事件の裁判資料として使用されるとは全く考えていなかった。また、Aは、F検事やC検事らに対し、本件捜査報告書の内容を報告したり、説明したことはなかった。

(2) Aの右行為には、何ら義務違背はなく、違法とすることはできない。

そもそも捜査とは、捜査機関が犯罪があると思料するとき、公訴の提起及び遂行のため犯人及び証拠を発見、収集、保全する活動であって、実体的真実を究明して真犯人を検挙し、犯人の検挙後、適正な公訴提起及び訴訟追行を目的とする活動である。そして、捜査機関は、真実とそれ以外とを選別するため、被疑事件に多少とも関連がある以上は積極的に情報収集活動を行わなければならない。したがって、捜査の具体的状況のもとで相当と認められる限度を逸脱しない任意捜査については、捜査機関の裁量的判断において、広く許容されるべきである。そうすると、Aが本件捜査報告書を作成する目的、手段及び本件捜査報告書を作成したことについて、違法とされる余地はない。

(二) C検事の行為について

C検事は、Aに対して、原告の所属団体等を調査するように指示したり、あるいは原告の所属団体等を記載するよう指示したことはない。Aから本件捜査報告書の内容にかかる報告を受けたこともない。本件捜査報告書の作成過程に違法とすべき点がないことから、C検事に義務違反はない。

(三) D副検事の行為について

検察官は、略式命令の請求にあたり、書類及び証拠物の必要性の取捨選択につき広範な裁量が与えられているのであって、これら書類及び証拠物の提出に当たり第三者のプライバシー等が侵害されることがあったとしても、その提出が専ら誹謗を目的としたり、事件と全く関係がないなど書類及び証拠の提出の目的、範囲を著しく逸脱するときのような訴訟上の権利の濫用に当たる特段の事情のない限り、当該書類及び証拠物の提出について、公権力の違法な行使ということはできない。D副検事は、本件捜査報告書の存在を特別認識しておらず、これを犯罪事実あるいは情状の立証のために必要であると積極的に考えて提出したわけではない。本件捜査報告書は、客観的には略式命令をする上で必要な書類であると解する余地もあり、右のような特段の事情は存せず、国家賠償法上違法とされる余地はない。

(四) 確定訴訟記録を保管することは、検察官に課せられた刑事確定訴訟記録法上の義務であり、検察官が職務に基づいて保管したからといって国家賠償法上違法と評価される余地はない。

検察官は、公益のために行動すべき公的機関として、裁判所からの嘱託に応じ司法事務に協力し、訴訟における真実発見に資するよう協力すべき立場にあるから、東京地方裁判所の送付嘱託に応じて検察官が確定訴訟記録を送付したことは検察官の職務に違反するものではなく、国家賠償法上違法と評価される余地はない。

2 思想・信条の自由の侵害の主張について

思想及び良心の自由は、内心における自由であるが、本件捜査報告書に記載された事項というのは、単に原告が国家や地方公共団体あるいは地域社会等において広範な政治的、市民的、社会的活動などを行っている一定の組織の構成員であることを示しているにすぎず、原告の思想・信条そのものを示したものではなく、右記載によって原告が特段の不利益を被るというわけでもなく、原告の思想・信条に直接的な影響を及ぼすものでもない。したがって、原告の思想・信条の自由が侵害されたことにはならない。

3 プライバシーの権利の侵害の主張について

(一) プライバシーの権利の内容は、「私生活をみだりに公表されないという法的保障ないし権利」と定義されるべきである。そして、プライバシーの権利の侵害の判断基準については、公開された内容が、〈1〉私生活上の事実又は私生活上の現実らしく受け取られるおそれのある事柄であって、〈2〉一般の人々に未だ知られておらず、〈3〉一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められること、換言すれば、一般人の感覚を基準として、公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることを必要とし、さらに、〈4〉公開によって当該私人が実際に不快、不安を覚えたことを要するものである。右のプライバシーの権利が侵害されたと認められるか否かを判断するに当たっては、具体的行為の必要性、合理性、手段としての相当性等諸般の事情を総合的に勘案して判断されなければならず、本件のような事案においては、〈1〉当該私的事項が公表によりどれだけ多数の者の目に触れ又は触れる可能性があったか、〈2〉捜査遂行上の意義ないし必要性が認められたか、〈3〉当該記載に合理性が認められ、その記載方法が相当性を有するか、〈4〉他の民事事件の処理に資するなどの公益性が認められるか、〈5〉その他諸般の事情を総合的に勘案して決すべきである。右のような観点からすれば、本件において、原告のプライバシーの権利を侵害したということはできない。

(二)(1) 原告は、本件記載事項の原告の所属団体にかかる部分が原告の私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄である旨主張する。しかし、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現する使命に基き、誠実にその職務を行わなければならない(弁護士法一条参照)など、そもそもその地位において私的な存在とはいえないし、弁護士が依頼者と利害関係の対立する団体に所属することにより、依頼者との信頼関係を損なうおそれがあるときは、依頼者に対してその事情を告げなければならず(弁護士倫理二五条)、右義務に違反した場合、懲戒事由を構成することもありうるとされていることなどから、原告の団体所属関係については、純然たる私的事項とはいえないものである。

(2) 原告は、本件記載事項につき、一般人の感受性を基準にして、原告の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄である旨主張する。しかし、本件記載事項は、原告の団体所属関係について記載したものにすぎず、弁護士の団体所属関係が純然たる私的事項といえないことは前記のとおりであるから、公開を欲しないであろうと認められる事柄とはいえず、仮に原告が個人的に公開を欲しないとしても、右期待は法的保護に値しない。

しかも、原告は、○○党中央委員会発行にかかる同党中央機関紙「○○」に「○○の違法行為とそれへの対処」と題する写真入りの意見を掲載し、自己の政治的立場を明らかにしているほか、参議院東京選挙区のG○○党候補に対する支持を実名で表明している。さらに、原告は、○○会弁護士学者合同部会発行にかかる「○○」に会員として実名を掲載している。また、原告の所属する○○法律事務所は、「○○」の「頒春」及び「祝第六五回メーデー」の欄に広告を掲載している。「○○」や「○○」は全国規模で数千ないし数万の部数が発行されているものと推認され、さらにその購読者から非購読者に右の情報が伝播する可能性があることも考慮すれば、原告や○○法律事務所が○○党及び○○会と緊密な関係にあることは、全国津々浦々に知れ渡った事実といっても過言ではない。

さらに、「○○」及び「○○」は、いずれも第三種郵便物の認可を受けた定期刊行物であり、発行人は、郵政大臣に対して当該認可を受けた日以後に発行する当該認可にかかる定期刊行物を提出しなければならず、郵政大臣は、右刊行物が第三種郵便物認可の条件を具備しているかどうかの監査を行うことができ、発行人に対して右監査に必要な報告又は資料の提出を求めることができるとされているのであり、加えて、「○○」及び「○○」は、国立国会図書館法所定の逐次刊行物に該当し、納入する義務があるとされている。

したがって、原告や○○法律事務所が○○党及び○○会と右ような関係にあるという情報は容易に知り得る状態にあり、原告が○○党及び○○会に所属しているということについて、公開を欲しないであろうとは認め難い。

(3) 原告は、原告が○○党及び○○会に所属しているという事実は一般の人々にいまだ知られていない旨主張するが、原告のこの主張は右のとおり失当である。

(三) プライバシーの放棄

プライバシーとは、私人の私的事項にかかる法的利益として認められるものであるから、当該私人がこれを放棄することは自由である。そして、前記各事実に照らせば、原告自らこれを放棄したと解される。

4 弁護権侵害の主張について

憲法あるいは刑事訴訟法は、被疑者及び被告人側からの弁護人選任権を保障しているにすぎず、「弁護人の弁護権」がいかなる根拠に基き、いかなる内容を有するものであるかは明らかではない。Aは、原告がEに対して検察庁での供述を拒否するように指示した可能性があると考えて原告の経歴を知っておく必要があると思料したにすぎず、Eの黙秘を解除するとか、弁護人と被疑者の信頼関係を破壊するなどの目的を有していたわけでない。また、本件傷害事件について略式命令があったのは平成二年七月二〇日であり、原告が本件捜査報告書の存在に気づいたのは平成三年三月一五日ころであるというのであるから、原告の具体的な弁護活動に影響を及ぼした事実はない。さらに、原告の将来にわたっての刑事弁護活動に影響を及ぼすという点については、いまだ抽象的、一般的な可能性があるにとどまるものであることからすると、不法行為責任を問う上で保護される利益とは認められない。したがって、本件捜査報告書の作成等に関して、弁護人の弁護権を侵害し、違法性が生じるということはない。

5 消滅時効の援用

(一) 原告は、平成三年三月一〇日(日曜日)には、本件捜査報告書に本件記載事項が存在することを知った。

(1) すなわち、東京地方裁判所は、別件民事事件の原告の訴訟代理人からの申請に基づき、東京地方検察庁に対し、本件傷害事件に関する確定刑事記録の送付嘱託を行い、平成二年一一月八日、この送付を受けた。別件民事事件の原告は、送付記録中の被疑者ら及び被害者の供述調書等を〈証拠略〉として提出した。

他方、原告も、平成三年三月四日及び五日、送付記録を閲覧の上、甲号証として提出された書類を除くすべての書類を謄写申請し、同月七日、右謄写記録九六枚の交付を受けた。

原告は、同月一九日、別件民事事件の口頭弁論期日において、右謄写記録を選択して、証拠として提出した。

(2) 原告は、当時多忙で、土曜日、日曜日も仕事をしていたと供述することから、事件期日や会合、弁護団会議等が入ることの少ない土曜日、日曜日であれば、まとまったデスクワークの時間が確保されると解されるところ、平成三年三月九日は土曜日、同月一〇日は日曜日であるから、遅くとも同月一〇日までには、本件捜査報告書に目を通し、本件記載事項の存在を知ったと認めるのが合理的である。

また、原告は、平成六年三月四日、時効を中断するための書面を、東京地方検察庁及び東京都公安委員会宛に送付しており、原告自身も、遅くとも平成三年三月一〇日までには、本件捜査報告書中に本件記載事項を発見したものと認識したことを前提として行動していた。

(二) したがって、平成三年三月一〇日の翌日から起算して三年である平成六年三月一〇日の経過をもって消滅時効が完成した。

被告国は、右消滅時効を援用する。

(三)(1) 原告は、本件捜査報告書中に本件記載事項を発見したのは、平成三年三月一五日(金曜日)ころであったと主張し、それに沿った供述をするが、到底信用することはできない。謄写記録は九六枚と多いとはいえない上、原告が別件民事事件に対して積極的な活動を行っていたことからして、原告は、謄写記録を受領した同月七日から同月一五日までの九日間において、これに目を通すことは可能であったと推測されるし、原告は、訟廷日誌の記載を根拠としながら、書証として提出していないなど、その供述は不自然である。結局、原告の主張は、時効を中断するための催告が法務大臣に到達したのが平成六年三月一四日であったことから、本件捜査報告書中に本件記載事項を発見した日を平成三年三月一五日ころと主張するにすぎないというべきである。

(2) 原告は、その催告書が被告側の支配領域に到達したとき、すなわち、東京都公安委員会及び東京地方検察庁に到達したときに民法一五三条の催告の効力が生じると主張するが、催告とは、債権者が債務者に対して債務の履行を請求する意思を通知することであり、その相手方は、時効利益を受けるべき者でなければならない。したがって、時効利益を受ける東京都(代表者東京都知事)あるいは国(代表者法務大臣)に対し、催告の意思を通知しなければならず、東京都公安委員会及び東京地方検察庁宛の催告は民法一五三条の催告としての効力は生じない。

三 被告東京都の主張

1 Aの行為について

(一) Aは、C検事の指導で本件傷害事件の捜査を行い、Eらを取り調べたが、Eは、平成二年一月三〇日、「すべて甲野太郎という弁護士に話してあるので、検察庁では供述を差し控えたい。」などと申し立てて黙秘権を行使したことから、C検事に対し、右状況を報告して指示を仰いだ。C検事は、Aに対し、後任者に引き継ぐため供述調書は作成せず取調状況を報告書にまとめるように指示した。この際、C検事は、Aに対して、「おかしなことを指導する弁護士ですね。どんな人でしょうね。」と述べて原告の経歴を調べるよう示唆があったことから、Aは、原告の経歴を調査することとした。しかし、Aは、北海道警察に所属する警察官であり、東京で活動する弁護士の経歴を調査する方法を知らなかったため、同じく研修中で警視庁所属の警察官であるBに相談した。そして、Aは、平成二年一月三一日、Bから「甲野太郎 昭和○○年○月○○日生、○○年○○大法卒、○○年司法試験合格、○○年○○期終了、○○法律事務所所属」と記載されたメモを渡されるとともに、個人的な見解であるとして、「○○法律事務所は○○系の事務所であり、○○系の事務所に所属している弁護士は、○○の会員であったり、○○党員である可能性がある。」旨の話を聞いた。そして、Aは、同日、本件捜査報告書を作成し、その末尾に本件記載事項を記載し、同年二月六日ころ、一件記録とともにC検事に提出した。

(二) したがって、Aは、原告の思想に関する事柄について、警視庁警務部訟務課等で調査した事実はない。

また、Aは、刑事訴訟法一九三条三項による検察官の具体的指揮に基き、公訴を提起するか否かの判断をする検察官の行うべき捜査を補助するために本件捜査報告書を作成したものである。このように、都道府県警察の職務執行が検察官が自ら行う犯罪の捜査の補助にかかるものである場合、国の公権力の行使であると解されるから、Aの行為は、司法警察職員としての独立の捜査機関たる地位を一時的に失い、国の事務を処理したものに他ならず、被告東京都の公権力の行使には該当しない。

仮に、Aが自ら原告の所属団体等に関する調査をしたとしても、それはC検事の具体的指揮権に基き本件捜査報告書を作成するため、すなわち、国の事務を処理するために行われたものであって、被告東京都の公権力の行使には該当しない。

(三) よって、被告東京都は、Aの行為について損害賠償責任を負わない。

2 Bの行為について

(一) Bは、Aから原告の経歴等に関する相談を受け、平成二年一月三一日、警視庁警務部訟務課に赴き、「全国弁護士大観」を閲覧し、「甲野太郎 昭和○○年○月○○日生、○○年○○法大卒、○○年司法試験合格、○○年○○期終了、○○法律事務所所属」とメモをとり、同日、Aに警視庁訟務課で調査したものである旨を告げて右メモを手渡し、更に、Bの個人的経験から認識していたこととして、「○○法律事務所は○○系の事務所であり、○○系の事務所に所属している弁護士は、○○の会員であったり、○○党員である可能性がある。」旨を話した。

(二) したがって、Bは、公刊物に記載されていた事柄を基にして個人的経験から認識していたことを個人的見解として話したにすぎず、Bが原告の思想に関する事柄について、警視庁警務部訟務課で調査した事実はなく、Bの右行為は、警察官としての職務を行うにつきなされた行為にあたらない。

また、警視庁の訟務課及び情報管理部門の氏名不詳の警察官が、AないしBの調査に応じた事実もない。

(三) したがって、被告東京都がBの行為について損害賠償責任を負う理由はなく、また、氏名不詳の警察官の行為を前提とした被告東京都に対する損害賠償請求も失当である。

3 プライバシーの権利の侵害の主張について

プライバシーの権利とは「他人に知られたくない私的な事項についてみだりに公表されない権利」であり、プライバシーの権利が侵害されたというためには、公開された内容が、〈1〉私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であって、〈2〉一般の人々に未だ知られておらず、〈3〉一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められること、換言すれば、一般人の感覚を基準として、公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることを必要とし、かつ、〈4〉公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを要する。

本件記載事項は、○○党及び○○会が、国家や地方公共団体あるいは地域社会において広範な政治的活動、社会活動を行っており、社会的に広く認知された組織であることなどの事情に鑑みれば、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄にはあたらないというべきであるし、また、右記載内容のみでは直ちに一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められるとも考え難いから、「他人に知られたくない私的な事項」には該当せず、原告のプライバシーの権利が侵害された(少なくとも、金銭をもって慰謝しなければならない程度に侵害された)ものとはいえない。

4 弁護活動の侵害の主張について

原告が本件捜査報告書の存在に気づいたのは、その主張によっても平成三年三月一五日ころであるところ、Eが略式手続により傷害罪で起訴され、罰金刑の言渡しを受けたのは、その約八か月前の平成二年七月二〇日である。したがって、Aの行為が、本件傷害事件に関する原告の弁護活動に影響を及ぼしたことはない。

また、Eは、平成二年二月一日、犯罪事実を認めたが、これはEの改悛の情に基づくものであって、不正捜査により自供を得たものではない。

5 消滅時効の援用

(一) 原告が本件傷害事件に関する記録の閲覧謄写申請をしたのは、平成三年三月四日であり、受領したのは、同月七日である。そうすると、原告は、同月七日には本件捜査報告書の記載を認識したと認められるから、同日、損害及び加害者を知ったというべきである。

したがって、原告の被告東京都に対する請求は、平成六年三月七日の経過をもって、時効により消滅した。

被告東京都は、消滅時効を援用する。

(二) なお、原告は、消滅時効完成後の平成六年三月一四日、被告東京都に対して損害賠償の催告をしたのであるから、消滅時効中断の効力を生じない。また、原告から、東京都公安委員会宛に、平成六年三月七日、催告書が到達しているが、国家賠償法上の賠償義務者は、法人としての国又は公共団体であり、東京都公安委員会は、東京都の代表機関でないから、時効中断の効力を生じない。

四 被告北海道の主張

1 Aの行為について

(一) 本件捜査報告書の作成について

Aは、平成二年一月三〇日、Eの取調をしたが、Eは、事件のことはすべて弁護人である原告に話してあるので、検察庁では供述を差し控えたい旨述べて黙秘をした。そのため、Aは、C検事にその旨報告し、事後措置について指揮伺いをしたところ、供述調書は作成せず、公判請求に備えて取調状況及び弁護人の弁護活動傾向を報告書にまとめるよう指示を受けた。そして、Aは、Bに対し、「思想的背景が全くない単純な傷害事件なのに、弁護人から示唆されて黙秘している被疑者がいるので、どのような弁護人か知りたい」旨相談した。Bは、同月三一日、警視庁訟務課において「全国弁護士大観」を閲覧した上、「甲野太郎 昭和○○年○月○○日生、○○年○○大学法学部卒業、○○年司法試験合格、○○年○○期修習生終了、○○法律事務所所属」と記載したメモをAに交付するとともに、Bの個人的経験から認識していた事柄として、「○○法律事務所というのは○○党系の事務所であり、そこに所属している弁護士は、ほとんどが○○に所属し、○○党員であると思われる。」旨を告げた。Aは、Eに対する取調状況とともに、Bからの情報をもとに本件捜査報告書を作成したが、後任の担当検察官に引き継ぐための検察庁内部で使用する文書であると認識していたことから、「全国弁護士大観」に登載されている原告の経歴とBから得た情報を分けて書く必要はないと判断し、原告の所属団体等については、日常使い慣れている「調査」、「調査結果」等の用語を使用し、また加除訂正の押印処理はしなかった。そして、Aは、Aに対し、その結果を口頭で報告し、本件捜査報告書を作成し、一件記録とともに提出した。

したがって、Aは、原告の経歴等を調査するにあたって、「全国弁護士大観」及びBの個人的知見を基にしたにすぎず、警視庁訟務課に照会や回答を求めたことはない。

また、本件捜査報告書の作成は、C検事の指示に基づくものであるが、その目的は、原告の身上経歴部分、所属団体、所属会派から弁護活動傾向を把握し、後任の担当検察官及び刑事公判における訴訟追行の参考に供することにあるにすぎず、弁護人の思想・信条を調査するものではない。したがって、C検事の指示は、適法な指示であり、これに基きAが本件調査報告書を作成した行為も適法である。

このように、本件捜査報告書は、C検事の指示に基づくものであるところ、検察官が、刑事訴訟法一九三条三項により具体的指揮権を行使して司法警察職員に対して検察官の行う捜査を補助させる場合には、当該司法警察職員は、具体的指揮の範囲内において、独立の捜査機関たる地位を一時的に失い、検察官の履行補助者となると解すべきである。そうすると、Aが本件捜査報告書を作成した行為は、専ら検察官の履行補助者として、被告国の事務を処理するために行われたと解すべきであるから、被告北海道は、責任を負わない。

また、国家賠償法三条一項の趣旨は、誰を訴訟当事者とするかを容易にして被害者救済を図ることを主目的としたものであるが、本件では、被告国を当事者とすれば被害者の救済を図ることができ、被告北海道に費用負担者としての責任を負わせる必要はないから、被告北海道は、責任を負わない。

(二) 本件捜査報告書が公表されたことについて

Aは、本件捜査報告書を内部文書として作成したため、公訴提起のための記録中に編綴されることは、予期していなかった。本件捜査報告書は、その後、検察官の行為により確定裁判記録中に編綴されるに至ったにすぎないから、因果関係の中断があり、被告北海道は、責任を負わない。

2 プライバシーの権利の侵害の主張について

プライバシーの権利は、人格権に包摂された法的保護の対象となる利益と解するのが相当である。

ところで、プライバシーの権利の侵害は、当該私的な事項の非公開性が法的保護に値するものであるかを問題とする以上、その当該私人及び事実関係を離れて判断することは法的に無意味というべきであるから、当該私人の立場に立った場合、当該私的事項の公開を欲しないであろうと認められるか否かを一般人の感受性を基準として判断するのが相当である。

そうすると、原告が○○会の会員であることやその所属団体が○○党系の事務所であることなどが公表されたからといって、原告の弁護士としての活動上及び私人としての生活上、特段の支障を来すとは認めがたく、一般人の感受性を基準として不快感をもたらすとは解されない。のみならず、原告の所属事務所である○○法律事務所が○○党系の事務所であり、所属弁護士の多くが○○会の会員であることは、東京周辺の法曹界においては公知の事実もしくは顕著な事実であって、一般に知られた事実にすぎない。

加えて、原告は、○○党中央委員会発行にかかる第三種郵便物として認可を受け同党の機関紙の「○○」に寄稿したり、同党の候補者に対する支持表明をしていること、原告の所属する○○法律事務所が「○○」の「頌春」及び「祝第六五回メーデー」の欄に広告を掲載していること、○○会弁護士学者合同部会発行にかかる第三種郵便物である「○○」では、原告が会員として掲載されていること、右「○○」は、国立国会図書館において、一般人の閲覧ないし謄写に供される状態に置かれていることからすると、原告はプライバシーの権利を放棄しているというべきである。

被告北海道は、プライバシーの権利に関して、右記の主張のほか、被告国の主張を援用する。

3 弁護権侵害の主張について

(一) Aが本件捜査報告書に原告の所属団体等に関する知見を記載したことによって、原告の弁護活動がいかなる侵害を受けたか明らかでなく、原告の主張は失当である。

(二) Eが平成二年二月一日に自供をしたこととAが原告の所属団体等を調査したこととの間に因果関係は認められないことからも、原告の主張は失当である。

4 消滅時効の援用

(一) 原告が本件傷害事件に関する記録の閲覧謄写申請をしたのは、平成三年三月四日であり、右謄写記録を受領したのは、同月七日である。したがって、原告は、同月七日には、本件捜査報告書を発見し、加害者及び加害の事実を知ったというべきである。

よって、平成八年四月一七日に提起された本件訴訟は、消滅時効完成後になされたものであり、被告北海道は、右消滅時効を援用する。

また、平成六年九月五日に提起された被告国及び同東京都に対する本件訴訟は、消滅時効完成後にされたものであり、被告北海道は、被告国及び同東京都の連帯債務者であるから、右消滅時効を援用する。

(二) 原告は、平成六年三月一一日に法務大臣及び東京都宛に催告書を発信し、同月一四日、送達されたが、右催告書の送達は損害賠償請求権の消滅時効が完成した後にされたものであるから、時効中断の効力を生じない。

また、原告が行った被告国及び同東京都に対する消滅時効中断のための履行催告は、それぞれ東京地方検察庁及び東京都公安委員会を名宛人として行ったものあるから、時効中断の効力を生じない。

第四争点に対する判断

一 消滅時効について

1(一) 〈証拠略〉によると、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は、平成元年八月ころ、Eらから、本件傷害事件に関して被害者との示談交渉の代理人及び起訴前の弁護人を受任し、被害者の代理人と示談交渉をしていたが、調整がつかなかった。このため、被害者からEらを被告として東京地方裁判所に別件民事事件が提起され、平成二年九月一一日、同庁民事五部で、第一回口頭弁論期日が開かれた。右訴訟において、右裁判所は、別件民事事件の原告からの本件傷害事件に関する刑事事件記録の送付嘱託の申立てに基づき、東京地方検察庁に対し、送付嘱託を行い、同年一一月八日、東京地方検察庁から刑事事件記録の送付を受けた。別件民事事件の原告は、送付された刑事事件記録の中から〈証拠略〉として書証を提出した。原告は、右〈証拠略〉として提出された以外にも、Eに有利なものがあるのではないかと考え、平成三年三月四日ころ、同庁民事五部に本件傷害事件に関する記録の閲覧謄写申請をし、同月七日ころ、右謄写記録(B四判で九六枚程度)を受領した。

(2) 原告は、平成六年三月四日、東京地方検察庁及び東京都公安委員会に対し、代理人として正当な職務行為に従事していた原告の思想、所属団体を調査し、これを捜査報告書に作成して刑事記録に編綴して関係者に公表し、これにより、原告は極めて不愉快、不安な思いにかられ思想信条の自由及び弁護権が著しく侵害されたとして、その謝罪と慰謝料三〇〇万円を請求する旨通知し、右通知は、東京地方検察庁に対し、同月五日、東京都公安委員会に対し、同月七日、到達した。原告は、同月一一日、法務大臣及び東京都知事に対し、同様の催告書を発信し、右催告は、同月一四日、法務大臣及び東京都知事に到達した。さらに、原告は、被告国及び同東京都に対し、平成六年九月五日、被告北海道に対し、平成八年四月一七日、本件訴訟を提起した。

(二) 消滅時効の起算点について、被告国は、平成三年三月一〇日に、被告東京都及び同北海道は、同月七日に、原告が損害及び加害者を知ったと主張する。

たしかに、原告が、同月七日ころ、本件傷害事件についての謄写記録を受領したとの事実は、被告らの右主張をうかがわせるものである。

しかし、他方、原告は、本件記載事項の存在を本件傷害事件についての謄写記録を受領した後である同月一五日ころ知ったと主張し、これに沿う供述をする(〈証拠略〉)。そして、〈証拠略〉によると、原告は、当時多数の事件を抱えて極めて多忙であったこと、別件民事事件の次回期日が同月一九日であり、書証として提出するために精査するにも右謄写記録を受領してから日数があったこと、謄写記録はB四判で九六枚程度と大部であり、原告に関する記載がされた箇所はそのうちの一枚程度にすぎないことが認められ、これらのことからすると、原告が、右謄写記録を受領後直ちに眼を通して内容を十分検討しなかったとしても不自然とはいえず、前記同月一五日ころ、本件記載事項の存在を知ったとする原告の供述の信用性を損なう事情はうかがえない。

なお、原告が平成六年三月四日、東京地方検察庁及び東京都公安委員会に対し、時効の中断を図る目的の書面を送付したとしても、これをもって、被告ら主張の日に、原告が損害及び加害者を知ったとまで認めることはできない。

2(一) そうすると、原告は、本件記載事項の存在を知った平成三年三月一五日から三年内である平成六年三月一四日に被告国及び被告東京都に対し、催告し、その日から六か月内である平成六年九月五日に本件訴訟を提起しているから、原告の被告国及び被告東京都に対する損害賠償請求権は消滅していない。

(二) また、原告の被告北海道に対する損害賠償請求権については、〈証拠略〉によれば、原告は、Aの身分関係につき詳細に論じた被告国及び同東京都の平成七年一月二三日付準備書面により、そのころ、初めてAが被告北海道の警察官であると知ったと認められるところ、その日から三年以内である平成八年四月七日に本件訴訟を提起しているから、原告の被告北海道に対する損害賠償請求権は消滅していない。

3 よって、消減時効についての被告らの主張は採用できない。

二 原告の主張する違法行為の有無

1 〈証拠略〉によると、本件捜査報告書の作成等に関して、以下の事実を認めることができる。

(一) Aは、昭和四四年一〇月、被告北海道所属の警察官となり、それ以降、札幌西警察署(外勤主任・暴力犯主任)、北海道警察本部保安課特捜主任、札幌北警察署保安係長、北海道警察本部保安課特捜係長、苫小牧警察署防犯課長、札幌西警察署防犯課長、北海道警察本部保安課特捜課長補佐、北海道警察本部監察官室監察室長補佐等の職につき、自ら取調を担当し、あるいは上司として部下に対して取調を指示し、報告を受けるなどしていた。

(二) A及びBらは、平成元年一〇月三日から平成二年三月一六日まで、東京都中野区所在の警察大学校特別捜査幹部研修所に入所し、上級の捜査幹部として必要な捜査の指揮及び管理等に関する研修を受けることとなった。研修生は、全部で三四名であり、Bが総代として他の研修生からの質問や相談に応じていた。Aは、平成二年一月一七日から同月二六日まで、東京地方検察庁公判部で公判実務を、同年二九日から同年二月六日まで、同庁刑事部で捜査実務の研修を受けたが、捜査実務の研修は、C検事の指導のもとに行われた。Aは、本件傷害事件の配点を受け、Eら二名の被疑者と被害者一名に対する取調べをすることとなった。

Aは、この期間、給与、手当等を被告北海道から受領していたが、同時に、警視庁警部に併任されていた。これは、道府県の警察官は、警察法六四条の規定によって、同法六〇条、六〇条の二、六一条、六五条、六六条及び七三条に規定されている場合を除き、警視庁の管轄区域内において職権を行使することができないのであるが、警視庁の管轄区域内である東京地方検察庁における研修において、検察官の指示により被疑者の取調べ等の職権行使を行う場合があるためであった。

(三) Eは、平成二年一月、東京地方検察庁から本件傷害事件についての取調べのための呼出しを受け、原告に助言を求めたところ、原告から取調べに当たっては黙秘権があることなどについて説明を受けた。

(四) Aは、同月三〇日午前一〇時から午後〇時一〇分まで、Eの取調べをしたところ、Eは、事件のことはすべて弁護士に話してあるので検察庁では供述を差し控えたい、その弁護士は○○法律事務所に所属する原告であることを明らかにし、被害者と加害者らがそれぞれ弁護士を通じて交渉中であり、被害弁償は未解決であると述べた。Aは、「いくら弁護士にすべて話してあると言っても、君のやったことは君本人が説明しなければ判らないことであり、弁護士が君に代わって供述することはできない。弁護士に話してあるというのは治療費等のいわゆる民事上の問題の処理であって、刑事事件のことではないのではないか。それともその弁護士に検察庁に呼ばれたら供述拒否するよう言われているのですか。」などと質問をしたが、Eは、黙秘を続けていた。

Aは、このため、C検事に対し、Eから自白を得る見込みがない状況であることを報告した。C検事は、調書は録取せず、取調状況を捜査報告書として提出するように指示し、その際、Eの行為が犯罪行為を素直に認めれば起訴猶予も考えられる事案であったにもかかわらず、黙秘していることから、Aに対し、「本人のためにならない、おかしなことを指導する弁護士ですね。」と言った。Aは、この際、Eが黙秘したのは、原告がEに対し積極的に黙秘権行使をさせているのではないかと考え、自分の検察庁での研修も長くはないことから、後の担当者に引き継ぐためにも、原告がどのような弁護士であるかについて知りたいと考えた。しかしながら、Aは、被告北海道所属の警察官であり、方法が分からなかったことから、警察庁所属の警察官であったBに聞けば東京の弁護士についての情報を得ることができるのではないかと思い、同日ころ、Bに対し、「単純な傷害事件で警視庁段階では供述しているが、検察庁で呼ばれた段階で弁護士さんの指導を理由として黙秘している被疑者を扱っている。」と述べ、その弁護士として原告の氏名を告げて、調査を依頼した。

(五) Bは、同月三一日ころ、東京地方検察庁への出勤途中、警視庁訟務課へ寄り、同所に備え付けてあった「全国弁護士大観」を見て、原告が昭和○○年○月○○日生まれで、○○年○○大学法学部卒業、○○年司法試験合格、○○年○○期修習終了、○○法律事務所に所属していることを知って、これをメモし、警視庁訟務課で確認したとして右メモを渡すとともに、個人的な見解として、右事務所が○○党系であり、同弁護士も○○会所属でかつ○○党の党員である可能性があると述べた。

Bは、昭和五三年ないし昭和五四年ころ、上野署の防犯課課長代理であったときに、捜査のため立川市に行った際、○○法律事務所付近に○○党のものであると思われるビラ、チラシ、ポスター類があり、共同捜査で同行していた立川警察署の警察官から○○法律事務所が○○党系の事務所であることを聞いたことがあり、このことから、そこに所属している弁護士が○○党員や○○会の会員である可能性があると認識していたので、個人的経験から認識していた事柄としてAにその旨伝えたものであった。

(六) Aは、同月三一日ころ、自己のEに対する取調状況のほか、Bから得た原告に関する情報を記載して本件捜査報告書を作成した。本件捜査報告書の内容は、(一)被取調人の地位、(二)被取調人の取調目的、(三)被取調人の供述状況、(四)被取調人に対する措置、(五)甲野弁護士に対する調査結果の構成からなっており、AからF検事宛となっており、年月日の記載、署名押印、所属官公署が表示され、毎葉に契印して、犯罪捜査規範に則った文字の加除がされていた。Aは、被害者側の弁護士の氏名も残したほうがよいと考え、末尾に、弁護士名簿の写し一枚を添付し、被害者側の弁護士の氏名「H」の下にアンダーラインを引き、欄外には、被疑者側弁護士として「被側 甲野太郎」と走書きを残した。

Aは同年二月一日、さらにEを取り調べたところ、Eは、事実関係を認める供述をし、供述することとなった理由について、「何故話す気持になったかと言うと、先日も調べの担当の人から色々説明を受けて自分が話さない方が良いと考えていることが間違いと気付き、また、自分のやったことは間違いのないことだし、反省したということにもならないと考え、こうしてお話しした訳です。」と述べた。Aは、これに基づき供述調書を作成した。

(七) Aは、C検事に対し、同月六日ころ、本件捜査報告書を一件記録とともに提出した。しかしながら、本件傷害事件は、Aの研修期間中に処理されるに至らず、F検事に戻され、C検事は、その後、本件傷害事件にかかわらなかった。そのため、C検事は、本件捜査報告書の中に書かれた本件記載事項を認識しなかった。

(八) D副検事は、その後、Eらについて、東京簡易裁判所に対し、略式命令の請求をし、証拠の中に本件捜査報告書等を含めて提出した。Eらは、同年七月二〇日、略式命令により罰金刑を受けた。

(九) 東京地方検察庁検察官は、その後、本件傷害事件に関する確定記録を保管し、前示認定のように、東京地方裁判所民事第五部から送付嘱託を受けたことにより、平成二年一一月八日、これを同裁判所に対し、送付した。

(十) なお、原告は、昭和五三年七月一八日、「○○」に「○○の違法行為とそれへの対処」と題する意見を氏名と写真とともに掲載し、昭和五七年三月三日、「○○」に「市民生活脅かすもの=自衛隊の立川基地新滑走路の使用=学者、文化人四〇名が抗議声明」との表題の記事に氏名と弁護士の肩書を掲載し、昭和五八年六月八日、「○○」に参議院東京選挙区のG○○党候補に対する支持を氏名を出して表明し、昭和五八年七月五日発行の「○○」に、同紙記者が米軍横田基地で逮捕されたことについて原告らが東京地方検察庁八王子支部に対して即時釈放を求める申入れを行った旨の記事が掲載され、昭和六二年三月二五日付の○○会弁護士学者合同部会発行の「○○」と題する刊行物の「会員が獲得した無罪事件」の記事に、会員として氏名を掲載した。さらに、原告の所属する○○法律事務所は、平成六年一月一日、「○○」の「頒春」の欄に、同年五月一日、「祝第六五回メーデー」の欄に広告を掲載した。

2(一) 原告は、AがC検事の指示を受けて原告に関する調査を行った旨主張し、〈証拠略〉中にはこれに沿う供述が存する。しかしながら、C検事から指示ないし示唆を受けたとのAの右供述はあいまいであるし、C検事が「本人のためにならない、おかしなことを指導する弁護士ですね、どんな人でしょうね。」と言ったとしても、これをもって、C検事がAに対して原告に関する調査を行うよう指示ないし示唆したと解することはできないし、C検事が被告北海道所属のAに対して東京で活動する弁護士である原告の調査を指示することも考えにくく、C検事の指示を受けて原告に関する調査をした旨のAの供述は採用できない。また、C検事がAに対して本件捜査報告書の内容について問題がある記載があると指摘した事実は認められないものの、〈証拠略〉によると、本件傷害事件は、Aの研修期間中に処理できず、F検事に戻され、C検事は、その後、本件傷害事件にかかわらなかったことが認められるから、C検事が本件記載の存在を知らなかったとしても特段不自然といえるものでもなく、C検事が本件捜査報告書の内容について問題があると指摘しなかったからといって、C検事が原告に関する調査を指示したと推認できるものでもない。

他に、C検事が原告に関する調査を指示したと認めるに足りる証拠はない。

なお、〈証拠略〉中には、同検事は、Aに対し、「本人のためにならない、おかしなことを指導する弁護士ですね。」と言ったことはない旨の供述が存するが、右供述自体、年月の経過により記憶があいまいであるというのであって、C検事の言葉については、指導を受けていたAの方が記憶あるいは印象に残りやすいと考えられ、右言葉を聞いたとする〈証拠略〉中の供述に照らし、〈証拠略〉の右供述を採用することはできない。

(二) また、原告は、Aが原告に関する調査を行った目的は、黙秘権を解除して自供を得るためであったと主張する。なるほど、〈証拠略〉中には、原告の経歴について調査した理由について、将来の示談の可能性を図ることと、将来予想される公判請求を円滑に行うことにあった旨の供述が存するところ、その趣旨は必ずしも明らかでなく、直ちに採用できるものではないが、一方、自供を促す目的であれば原告に関する調査結果を捜査報告書という形に残す必要がないといえるし、仮に自供を得る目的で原告の経歴等を使用したとすると、原告の経歴等をEに対して伝えたと考えられるところ、そのような事情を認める証拠もなく、Eは、後に、原告に対して別件民事事件の処理を依頼しており、原告とEの信頼関係も継続していたと認められ、このことからすると原告の経歴等が自供を促すために使用されたとは考えにくく、Aが原告に対する調査を行った目的が黙秘権を解除して自供を得るためであったということもできず、前示認定のとおり、後任者への引継ぎのためと解するのが自然である。

(三) なお、原告は、Aは、Bからのみでなく、警視庁訟務課及び情報管理部門の氏名不詳の警察官からも情報を得た旨主張し、たしかに、本件捜査報告書には「警視庁訟務課等で調査結果」と記載されていることは認められる。しかしながら、Bは、警視庁訟務課に寄って、「全国弁護士大観」を見てメモを作り、これを渡すときに「警視庁訟務課で調べた」と言ったのであるから、これを聞いたAにおいて、警視庁訟務課の情報であると受け止めて記載したとしても不合理とはいえないところ、本件全証拠によっても、警視庁訟務課ないし情報管理部門の氏名不詳の警察官が情報の提供に関与したと認めるに足りる証拠はない。

(四) 被告国及び同北海道は、本件捜査報告書が裁判所に提出されることは予想できなかった旨主張し、〈証拠略〉中にはこれに沿う供述が存する。しかしながら、引継ぎを受けた記録中から如何なる書類を証拠として提出するかは公判担当検察官の裁量に委ねられているところ、本件捜査報告書には、被取調人の地位、取調目的、取調状況等が記載されており、Eが自供するに至った経緯や供述の任意性、信用性を判断する上で必要と解される余地があり、公判担当検察官が証拠として提出する可能性があったということができるし、本件捜査報告書は、その一部に加削訂正をしていない箇所があるが、それ以外は犯罪捜査規範に則って作成され、証処として提出し得る体裁を備えているものであったことからすると、右供述を採用することはできない。

3 Aの行為の違法性

前示認定事実からすると、Aは、Bから渡されたメモ及び個人的な見解として聞いたことを基に、原告の所属する法律事務所が○○党系であり、原告も○○会所属でかつ○○党員として把握されている旨の本件記載事項を含んだ本件捜査報告書を作成し、C検事に対し、これを一件記録とともに提出したものである。そこで、右行為の違法性について検討する。

(一) 思想・良心の自由の侵害について

思想・良心の自由は内心の自由を保護するものであるところ、Aの行為は、Bを通じて、「全国弁護士大観」からのメモを入手し、原告の所属する法律事務所が○○党系であり、原告も○○会所属でかつ党員である可能性が高いと聞き、これを本件捜査報告書に記載し、一件記録とともにC検事に対して提出したというのであって、原告が○○党や○○会へ所属しているか否かとの事実は、思想・信条に関する事実といえるとしても、Aの右行為が原告の内心の自由を侵害したものとまでいうことはできない。

(二) 原告のプライバシーの権利の侵害について

(1) まず、原告の所属政党及び所属団体について、法的に保護された利益としてのプライバシーに属するかを検討する。

プライバシーすなわち「他人に知られたくない私的事柄をみだりに公表されないという利益」については、いわゆる人格権に包摂される一つの権利として、「他人がみだりに個人の私的事柄についての情報を取得することを許さず、また、他人が自己の知っている個人の私的事柄をみだりに第三者へ公表したり、利用することを許さず、もって人格的自律ないし私生活の平穏を維持するという利益」の一環として法的保護が与えられるべきである。そのための要件としては、公表された事柄が、〈1〉私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受けとられるおそれのある事柄であること、〈2〉一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場にたった場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、〈3〉一般の人に未だ知られていない事柄であることを必要とするものと解される。

(2) 原告が、昭和○○年○月○○日生まれで、○○年に○○大学法学部を卒業し、○○年に司法試験に合格し、○○年に○○期修習を終了し、○○法律事務所に所属している事実は、「全国弁護士大観」に記載がある事実であるから、原告が右事実を提供したかあるいは掲載を承諾したと解されるので、右事実についてプライバシーを放棄したというべきであり、右事実は原告のプライバシーに該当するとはいえない。

(3) それ以外の、原告の所属政党や所属団体等に関する事実の記載について、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受けとられるおそれのある事柄であるかという点について検討する。

(イ) 被告東京都は、○○党及び○○会が国家や地方公共団体あるいは地域社会において広範な政治的活動、社会活動を行っており、社会的に広く認知された組織であることなどの事情に鑑みれば、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄にはあたらないと主張する。

しかしながら、○○党及び○○会がかかる活動を行っているとしても、代表者等の中心的な活動者は別として、単なる構成員について右各団体に所属している事実が広く認知されているとはいえないから、直ちに私生活上の事実でないということはできない。そして、原告が右各団体の中心的な活動者であるといった特段の事情は認められないから、原告にとっては、○○党の党員あるいは○○会の会員といった事実は、私生活上の事実であるというべきである。

(ロ) また、被告国及び同北海道は、弁護士がそもそも地位において私的な存在とはいえないから、原告の団体所属関係は純然たる私的事項とはいえないと主張する。

しかしながら、弁護士が社会において一定の公的役割を果たすことが予定されているとしても、同時に当然に私生活上の自由を有するものであること、○○党の党員あるいは○○会の会員であるという事実は、弁護士の地位に直接結びつくものではなく、弁護士であることからこれらの事実が私生活上の事実でないとはいえないこと、弁護士倫理規定二五条は、「弁護士は、相手方と特別の関係があって、依頼者との信頼関係をそこなうおそれがあるときは、依頼者に対し、その事情を告げなければならない。」と規定しているので、依頼者との関係においてその所属団体を明らかにしなければならない場合がありうるとしても、そのことをもって弁護士の所属団体に関する事実が如何なる場合においても私生活上の事実でなくなるとはいえないことから、右主張は採用できない。

(4) 次に、一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場にたった場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であるかという点について検討する。

(イ) 前示認定のように、原告が○○党の党員であったり、○○会の会員であったとしても、それは、私生活の限られた場面の事象にすぎず、それ以外の社会生活を送る上では、原告が如何なる政党や団体に所属しているかを知られたくないと欲することは不合理とはいえないし、一般人においても、自己の思想・信条を推知されるような政党、団体等への所属について、無関係の第三者から知られたくないと思うことは通常の感情であると解される。したがって、右事実は、一般人の感受性を基準にして原告の立場に立った場合、公開を欲しない事柄であるというべきである。

(ロ) これに対して、被告国及び同北海道は、本件記載事項が原告の団体所属関係について記載したものにすぎず、弁護士の団体所属関係が純然たる私的事項といえず、また、原告の実名や原告の所属する○○法律事務所が、「○○」や「○○」に掲載されており、同誌が第三種郵便物の認可を受けたり、国立国会図書館に納入する義務があることから、本件記載事項が公開を欲しない事柄であると認められず、仮に原告が個人的に公開を欲しないとしても、右期待は法的保護に値するとはいえないと主張する。

しかしながら、所属団体等が私的事項であり、無関係な第三者に知られたくないという期待が法的保護に値することは、前示認定のとおりであるし、〈証拠略〉によると、原告が「○○」に記事を掲載したり、声明を発表するなどして氏名を掲載したり、記事の対象となったことは認められるのであるが、いずれの記事も原告が○○党に近い立場にあることを推認させるが、○○党の党員であると断定して公開したとは認められず、「○○」の記事の一部に原告の氏名が掲載されているとしても、同誌は頒布対象を会員ないし会員に近いものに限定していると解されることから、原告が○○会の会員である事実も、なお公開を欲しない事柄というべきである。

(5) さらに、一般の人に未だ知られていない事柄であると認められるかという点について検討する。

被告国及び同北海道は、原告の実名が「○○」や「○○」に掲載され、同誌が第三種郵便物の認可を受けたり、国立国会図書館に納入する義務があることから、一般の人に未だ知られていない事柄とはいえず、原告はプライバシーを放棄したと解されると主張し、さらに、被告北海道は、○○法律事務所が○○党系の事務所であり、所属弁護士の多くが○○会の会員であることは、東京周辺の法曹界において公知の事実もしくは顕著な事実であって、一般に知られた事実にすぎないと主張する。

しかし、前示認定のとおり、原告の実名が「○○」や「○○」に掲載されていることをもって、原告が所属団体等を一般に公開したとすることはできない。また、郵便法の第三種郵便物に関する規定に基づき郵政大臣に対して当該定期刊行物を提出するとしても、それが直ちに公表を予定していることにはならないし、国立国会図書館へ納入することが義務づけられていても、そのような刊行物は大量であることからすると、これをもって直ちに一般の人の眼に触れるということはできないから、原告が右事由によりプライバシーを放棄したと解することはできない。さらに、仮に○○法律事務所が○○党系の事務所であり、所属弁護士の多くが○○会の会員であることが東京周辺の法曹界において公知の事実もしくは顕著な事実であったとしても、これらが直ちに一般の人に未だ知られていない事柄でないとは認めがたい。

(6) 以上によれば、本件記載事項に摘示された事実は、法的に保護された利益としてのプライバシーに属するということができ、Aの行為は、原告のプライバシーを侵害したというべきである。

(三) 原告の弁護権の侵害について

前示認定のとおり、原告の調査結果がEの黙秘権を解除し、自供を促す目的に使われたとの事情は認められず、他に、原告の弁護権が侵害された事情は認められないから、弁護権侵害に基づく原告の主張は失当である。

4 Bほか警視庁訟務課等の警察官の行為について

Bは、警視庁訟務課において、「全国弁護士大観」により原告の経歴についてメモをとり、これに自己の見分に基づく知識を加えて、Aに対し、教示したことが認められるところ、Bの右行為について、原告のプライバシーを侵害したということはできず、その他本件全証拠によっても警視庁訟務課等の警察官の行為について、原告のプライバシーを侵害する行為があったと認めることはできない。

5 C検事の行為について

前示認定のとおり、C検事がAに対して原告の所属政党や所属団体の調査を指示した事実は認めることはできない。また、C検事は、本件捜査報告書に本件記載事項が含まれていることを認識しなかったことが認められる。

しかしながら、C検事は、Aの指導担当官として、被研修者の提出した書面に眼を通し、本件記載事項のようなプライバシーの侵害になるような事項があれば、これを削除あるいは書換えのような適切な指導をすべき義務があったというべきである。そうすると、C検事には、過去があり、その行為は違法な行為というべきである。

6 D副検事の行為について

D副検事は、平成二年七月二〇日、東京簡易裁判所に対し、本件傷害事件について、Eの略式命令の請求を行うに際し、本件記載事項を含む本件捜査報告書を証拠として提出したものである。本件記載事項は、原告のプライバシーを侵害するものであるところ、本件捜査報告書を証拠として提出することにより、これが訴訟記録の一部となり、訴訟終結後は、原則として何人も閲覧できることになるものであり、また、右略式命令の請求において本件捜査報告書を証拠として提出すべき必要性もうかがえなかったから、D副検事は、本件捜査報告書を証拠として提出すべきではなかった。そうすると、D副検事には、過失があり、その行為は違法な行為というべきである。

7 本件刑事記録を保管した検察官及び東京地方裁判所からの送付嘱託に応じて送付した検察官の行為について

(一) 刑事被告事件にかかる訴訟の記録の保管については、刑事確定訴訟記録法により、訴訟終結後、当該被告事件について第一審の裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官(以下「保管検察官」という。)が保管することとされており、この際、保管検察官が、訴訟記録を適宜取捨選択して保管することは認められていない。そうすると、保管検察官である東京地方検察庁の検察官において本件捜査報告書を含む一件記録を保管していたとしても、その行為を違法とする余地はない。

(二) そして、保管検察官は、東京地方裁判所の送付嘱託の求めに応じて保管記録を送付をしたものであるが、保管検察官が訴訟終結後の訴訟記録を適宜取捨選択して送付嘱託に応ずべきであるとする法的根拠はなく、その行為を違法とすることはできない。

三 責任主体

1 Aの行為について

(一) Aは、職務上の行為により原告のプライバシーの権利を侵害したと認められるところ、これは東京地方検察庁における研修の一環としてC検事の指導のもとに検察官の補助として捜査をしていた際の行為である。したがって、Aは、その当時、被告国の公権力の行使にあたる公務員であったといえるから、被告国は、国家賠償法一条一項により、損害賠償の責任を負うというべきである。

(二) また、Aは、研修期間中、警視庁警部に併任されていたが、これは道府県の警察官は、警察法六四条の規定によって、同法六〇条、六〇条の二、六一条、六五条、六六条及び七三条に規定されている場合を除き、警視庁の管轄区域内において職権を行使することができないが、Aが東京地方検察庁における研修において、検察官の指示により被疑者の取調べ等の職権行使を行う場合があるために併任されていたものである。そうすると、Aが本件捜査報告書を作成した当時、警視庁警部という地位にもあったものであり、被告東京都の公権力の行使にあたる公務員であったといえるから、被告東京都は、国家賠償法一条一項により、損害賠償の責任を負うというべきである。

なお、刑事訴訟法一九三条三項は、検察官が個別具体的に司法警察職員を指揮して捜査の補助をさせることができる旨規定するが、その場合に、当該司法警察職員の都道府県の公務員としての地位を失わせるとは解されないから、右規定があるからといって、被告東京都がAの行為につき国家賠償法一条一項の責任を負わなくなるものではない。

(三) Aは、北海道警察の警察官であり、被告北海道は、その給与等を負担していた。そうすると、被告北海道は、費用負担者として、国家賠償法三条一項により、責任を負うべきである。

なお、他に国家賠償法一条一項の責任を負う者が存するからといって、費用負担者が国家賠償法三条一項の責任を免れるとすることはできない。

また、本件捜査報告書が作成され、その後、検察官の行為により公表されるに至ることは、相当因果関係の範囲内にあるといえるから、検察官の行為の介在により因果関係が中断されるとの被告北海道の主張は、採用できない。

2 Bほか警視庁訟務課等の警察官の行為について

Bは、職務を行うについて原告の権利を侵害したということはできず、そのほか警視庁訟務課等の警察官の具体的行為の立証はないから、被告東京都は、これらの者の行為につき、国家賠償法による責任を負わない。

3 C検事、D副検事の行為について

C検事、D副検事は、その職務を行うについて原告のプライバシーの権利を侵害したものであり、被告国の公権力の行使にあたる公務員であったから、被告国は、国家賠償法一条一項により責任を負う。

第五損害

一 慰謝料

以上のように、A、C検事、D副検事は、原告のプライバシーの権利を侵害したと判断される。

このような原告の権利侵害の内容、程度及び被告らの行為その他諸般の事情を考慮すると、原告が被った精神的損害に対する慰謝料として、三〇万円を認めるのが相当である。

二 弁護士費用

原告が訴訟代理人に本件訴訟の提起、遂行を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件訴訟の経緯、認容額その他諸般の事情を考慮すると、弁護士費用として、五万円を認めるのが相当である。

三 不真正連帯債務

被告国及び同東京都は、国家賠償法一条一項により、同北海道は、同法三条一項により責任を負うべきであるところ、被告らの債務は、いわゆる不真正連帯債務と解されるので、被告らは、それぞれ全額につき支払義務を負う。

第六結論

以上により、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自、金三五万円及び内金三〇万円に対する被告国及び同東京都に対する訴状送達の日の翌日である平成六年九月二九日から、同北海道に対する訴状送達の日の翌日である平成八年五月八日からそれぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、その余の請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし(仮執行免脱の宣言は相当でないので付さないものとする。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 関野杜滋子 栗原洋三 浅田秀俊)

(編注・原文は縦書き)

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